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私が歌うと決めた日

いつのまにか、歌い始めて40年という月日が流れました。 今、娘達の年の頃の自分を思い出します。 私が本気で歌をやろうと決意したのは、高校二年の時でした。 京都市立日吉が丘高校美術科で油絵を専攻していた私は、その日、京都市東山区の日吉神社で写生をしていました。どこからともなく聴こえて来た曲に、筆の動きが止まりました。 「何?誰?何の歌?カッコイイ!!!誰が歌ったはんの?」 私は、ワクワクドキドキ!ソワソワ、舞い上がっていました。 あの曲との出会いが、私の一生を決めたといっても過言ではないでしょう。 日本語で洋楽みたいなポップな曲を聴いた私は、その曲のタイトルと誰が歌っているのか、必死で調べました。最高にカッコいい!声も個性的で好きだ! 私はその日から、そのシンガーを目指す事になりました。今でもあの日が鮮やかに蘇ります。私の魂をかき立ててくれたあの曲。 それは、ユーミンの「ルージュの伝言」でした。 そして、それから私の音楽人生が始まるのでした。 私と同じ「荒井」という名字、私と同じように美術専攻、ピアノ弾き語り、顔も少し似ていました。それだけで、親近感が溢れ、とても大きな存在になて行きました。「ひこうき雲」のアルバムは、私にとってバイブルのような存在になっていました。 私は、いつか本当のユーミンに出逢いたいと願い続けて、40年が経ってしまいました。笑

My sweet heart angel

私には、夢がありました。それは亡き母のようなおおらかで優しい、そしてたくましい「お母さん」になる事でした。私の母は、孫の顔を見る事もなく52歳で他界しましたが、自分が母親になって娘達への思いを歌にした事で、母の気持ちがわかるようになりました。私を育ててくれた母と私を「お母さん」にしてくれた二人の娘達に、心から「ありがとう」の思いを込めて、歌いました。よかったら聴いてみてくださいね。「My sweet heart angel」https://youtu.be/B0utfcMg0jA #wedding

私の家は、小さな町の鉄工所

私の家は、京都の町で小さな鉄工所をしていました。毎晩、遅くまで油だらけになって、働く父の姿を見ながら私は育ちました。小学生の時は、ボール盤で穴あけをする手伝いをよくしたものでした。削りたての熱いキリコが顔に飛んでくるのが、怖かったです。大きな機械は、蒸気機関車のような音をたてて、錆びた鉄のかたまりを奇麗に削って行くのでした。「髪の毛一本分の誤差があるだけで、お釈迦になるんやぞ」というのが父の口癖でした。精密機械加工業に誇りを持って、家族を養う為に一生懸命働く父でした。お酒好きで、口も悪く、やんちゃな父でしたが、私にはかけがえのない素晴しい父でした。もう、工場もなくなり、父も天国に旅立ってしまいましたが、私の中で今も大きな機械を動かしている父の姿が生きています。私の家は、小さな町の油だらけの鉄工所。よかったら、聴いて下さいね。 「鉄工所」  https://www.youtube.com/watch?v=xsHn0vF68bk #fruits